２９７０年９月１９日、午前３時頃、東京のとある病院──そこで彼は一人の人間とし
て生まれた。
　彼の名前は西室哉。
　彼の家族はコンピュータープログラミング系の大手会社の超エリートサラリーマンであ
る父と、普通に主婦をしている母、そして哉の三人家族。やはり核家族が多いこの時代こ
この家庭も一人っ子のようである。

「僕ね、今日もアノ夢見たよ」
　そう毎日がスタートする。夢の内容は毎日同じようなものだった。彼がステージに立っ
て大勢の観客たちに手を振っている。他にも誰かいるみたいだが、姿、形ははっきりせず
影のようになって見えるのだ。
「ほんと変わってる夢ね」
　彼の母親はそういう話に興味を示し、色々と哉に聞く。しかし、彼の父親は全く逆なの
である。
「そんなのただの夢なんだろう」
　新聞をペラペラ捲りながら哉に言い放つ。
　夢物語に全く関心のない父親は、いつもこの話になると聞く耳を持たず無口になってし
まうのであった。そして笑顔もすぐ曇ってしまうのだ。
「貴方は何故話を終わらせようとするの？」
　また始まった。毎朝、この二人の口げんかで一日が始まるのである。

　食事が終わると哉は部屋に戻った。
　彼の部屋は、十畳くらいあるだろうか。ピアノが一台、コンピューター一台、オーディオ
機器、電子楽器が決められた場所に置いてある。もちろん机やベッドもある。
　他には防音がしてあり、いつでも静かな環境が出来るというのである。
　これも一人っ子のためなのか、両親は哉に色々な物を与えていった。
　そんな何でも与えたがりの両親を持っているにも関わらず、哉は結構しっかりとしている
子供であった。
　それよりも哉は外で遊びたいと思っていた。いつかテレビで見た子供たちのようにボール
を追いかけてみたいと。しかし、両親は反対の考えであった。哉には古っぽい遊びをして欲
しくなかったのだ。この今、現代の波に乗っていけるような遊びをして欲しかったのである。
　そんな両親の思いも虚しく、哉は一つのサッカーボールを手に入れた。
　早速、哉は大きめの公園に足を向けた。
　自然公園──そこは国の所有する所で、自然破壊防止のために作られた公共施設である。
自然という名前が付いているには、意味がある。それは、今までに失われてきた筈の自然が
そのままの形で残されている公園だからである。
　その公園の小道をボールを蹴りながら走っていた。しかし、一人というのは流石につまら
ない。体を休めるために近くにあった芝の上で横になった。
　その時である。哉の意識の中に何かが飛び込んできたのは。
　──！！
　あまりにも突然起こったことに驚き、哉の行動はピタリと止まってしまった。
「・・・何だ？」
　まだ何が起きたのか理解出来ないまま、体をそっと起こした。そして哉の意識がはっきり
としてきた頃、また奇妙なことが起きた。
　それは、ついさっき自分の意識の中に流れ込んできたことが目の前で実際に起こっている
のである。今、哉が見ている光景とは、カップルが喧嘩を始め、別れる別れないがどうのと
言い合っているところである。
「貴方が悪いんでしょ。全然構ってくれないじゃない」
「どれだけ俺がお前のためにあれこれしなくちゃいけないんだよ」
　言っている言葉もその素振りも自分の意識に入って来たものと同じ。何もかもがだ。
　───つまり、未来予知である。
　哉には未来を予知する能力が存在しているのだ。その予知には色々とあるが、哉の場合、
今現在から一日程度の未来が予知出来るところである。
　そんな能力に目覚めてからずっと空を見て自分の意識が正常に戻るのを待った。
　その夜、一日の疲れがどっと出てきたのか、ベッドに横になった途端、すぐ寝息を立て始
めたのであった。
　その数時間後、夢の中に居た哉は変わったことが起きているのを見つけた。でもその行動
は当たり前のように行っているのだ。哉だけではない、影となり見える人たちも普通に相手
をしている。というか、その人たちも自分と同じだということ。もしかすると何かの鍵かも
しれないと。

　翌日、目が覚めるとまた何かが飛び込んできた。
「今度は何だ？」
　起きたばかりでぼんやりとしている哉の意識に見えたのは両親が珍しくテレビの前に座っ
て真剣にビデオを見ている光景だった。
　そんなまさかと二階から下へと降りてリビングへと向かった。するとテレビの前で二人肩
を並べてビデオを見ていた。
　たまの日曜と言っても肩を並べてまでテレビを見る筈のない親なのに、絶対一度は喧嘩を
してるのに・・哉の頭の中は混乱してしまった。そんな哉に気付いたのか、両親は振り返り、
哉に声を掛けた。
「あら、おはよう。何そんな所に立ってるの？こちらにいらっしゃい」
「おっ哉、おはよう」
「おはよう。お父さん」
　母親の手招きを断り、そして父親に挨拶をすると台所へと向かい、冷蔵庫からミネラルウ
ォーターを取り出し、それを大きなコップに注ぐと、混乱していた頭を覚ますようにミネラ
ルウォーターを一気に飲み干した。
「ふぅ」
　頭が冷めたところで哉はソファの上に座り、その後の二人を観察し始めた。別にそのよう
な行動をする必要もないのだが、先程の未来予知の続きを確かめるためであった。
　しかし、その後何も起こらず、未来予知もあくまでも予知という域を超えられていないよ
うである。哉が観察していたから起こらなかったというわけではなかった。
　そしてそれ以来ずっと何事もなく普通の生活を過ごしていったのである。