あれから何年か過ぎ、哉は高校生になった。彼の学校は私立の音楽学校で、大学もある
程度の成績であればエスカレーターで入ることが出来るという学校である。その中でも哉
はトップクラスに入る程、成績はよかった。
「哉っ今日空いてるか？」
「えっ？空いてるけど・・・何？」
　哉の前に同じクラスの男子が座った。
「うん、今日さ、俺のバンドの練習があるんだけどさ、そこでこの前お前が作った曲やる
から見に来て欲しいんだ」
「いいよ。今日はレッスン無いし」
　十二歳の時から作曲してはいたが、今はもう友人のバンドの曲まで手がけるようになっ
ていた。
「カズはそのまま行くよね？」
「おう」
　このカズと呼ばれた少年の名前はくろだ黒田和馬。哉とは小学校から付き合いのある幼
なじみであり、同じ音楽教室に行っていた仲間である。そんな彼には数多くの曲を提供し
ている。何でも話せる友人だからこそである。
　和馬のバンドは、ボーカル、ギター、キーボードの三人で構成されていて、哉と同じピ
アノ科の和馬はもちろんキーボードであるが、本人たちはプロになるつもりはないらしい。
「ちはーっす。哉の連れて来たぞ」
　街の外れにある、小さなスタジオでいつも練習をしている。
「今日さぁ一度僕にも弾かせてくれない？」
「どうぞどうぞ」
　スタジオに入るとすぐ、和馬はセッティングをし始めた。
「よし、始めようか。１・２・３・４」
　カウント同時に哉独特のバスドラムが鳴り始める。そしてだんだん盛り上がっていく感
じに少しオーケストラっぽい曲調が哉の曲ならではの特徴である。
「───いいのなら──♪」
　哉は目を閉じてじっとその曲に耳を傾けている。時折、リズムを取りつつ小声で歌って
みたり、一人一人の音を聞き取ったりする。そして自分が感じ取ったことを素直に伝え、
変更があれば変更するという具合だ。
「こんな感じなんだけど・・・」
　時々ではあるが自分が弾いてみせることもある。
　二、三曲終わって、今度は和馬の代わりに哉が弾いてみることにした。
　演奏するのは一曲を除き全て哉の作った曲である。
「よろしくお願いしまーす」
　哉はニコニコしながら頭を下げた。これも彼独特の表現方法なのである。
　曲が始まると同時に哉の細くて長い指が鍵盤の上を舞っている。そんな哉を見る和馬の
目は鋭く、哉から何か一つでも盗もうとしていた。その時である、哉の指が止まったのだ。
「哉っどうした？」
　和馬は立ち上がり、哉の側に近付いていく。
「だっ大丈夫・・・だよ」
　哉は平静を装うかのように答えたが、心の中はそんな状況ではなかった。
『今のは白昼夢だろうか・・・確かにいつも見る夢のようなんだけど・・・』
　頭の中は既に混乱状態。しかし顔には出さないように気を配った。
「カズ・・ちょっと代わってくれる？」
「いいよ」
　和馬にバトンタッチすると、スタジオを出てロビーにある自動販売機に手を伸ばした。
『ガゴンッ』
　ジュースを一本買うと近くにあったソファに深く腰掛け、独り言を言い始めた。
「さっきの白昼夢は何の意味があるのだろう。特殊能力を持ってるのは僕たちの運命だと
か、いつか全員が集まる時、災いが起こるとか話してるけど・・何だろう」
　手に持っていたジュースを開け、一口飲んだ。
「ん？まてよ。もしかしたら顔が違うかもしれないけど僕と同じ夢を見ている人が居るか
もしれない。居るとしたら僕とは別の角度から・・・そうだよきっと」
　そう答えを出した哉の顔はさっきよりも晴れやかになっていた。
「カズっごめん。今日はこれで帰るよ」
　それだけ言い残して哉はスタジオを去った。そして街外れから街中にある自宅へと急い
だのだった。
　数時間後、家に着いた哉は『ただいま』も言わずに自分の部屋へと直行した。
　部屋に戻ってくるとまず、着替える前にパソコンを起動させ、その間に着替えを済ませ
る。そしてちょうど起動が完了する頃に椅子に深く腰掛けた。
「さて、どうやって探そうかな」
　そう呟くと、早速人が集まる個人情報の欄にメールを出すことにした。
　今、哉が持っている情報は、あまり年の離れていないこと、それだけだった。が、たま
たま開いたホームページに変わった話が書いてあった。それはまるで自分のことが書かれ
ているような・・・。
　その内容とは──この世に生を受けし六つの御霊、共に同じ夢を見、同じ時間に生まれ、
同じホログラフを持つ九月十九日生まれの五人集う頃、この世に災い起こりし時となり。
すべての結末を作るのは五人の能力だけである──と。
　五人集まった時に起こる災い？変な内容ではあるが哉のことに重なることもあったのだ。
九月十九日生まれ、夢、能力・・これだけ合えば本当である。
「とにかく、掲示板に書き込んでおこう」
　そしてそのサイトにリンクされていた掲示板に記述内容に関する書き込みをしておいた
のだった。
　翌日、学校に行きながらずっと昨日のことを考えていた。何故あのようなページがあっ
たのか・・・と。
　哉の家から三区ほど離れた所に学校はある。普段なら長いと思う通学時間も今日は考え
事をしながらだったせいか、気が付けばもう学校に着いていた。そしていつものように教
室へと入っていく。するとそこには和馬の姿があった。
「おっす。哉」
　哉が入ってきたのに気が付いた和馬は、後ろの席から挨拶をした。
「おはよう」
　哉もいつものように挨拶を返したが、いつもと違うことに気が付いた。そう、毎日遅刻
をしている筈の和馬が今日に限って自分より早く教室にいるということを。そんな和馬の
行動に哉は驚いていた。そしてそんな哉をよそに、和馬は話を始めた。
「哉っ昨日はどうしたんだよ。いきなり帰るって言うから驚いたよ。何かあったのか？無
理矢理言えとは言わないからもしよかったら教えてくれよ」
　和馬の言葉にほんの一瞬だけ戸惑いを見せた哉であったが、昨日のこと、否、昔のこと
から話し始めた。
「カズ、これは他の人には言わないで欲しいんだ。それだけは忘れないでね」
　哉は自分の席を反対に向けて和馬に語りかけた。
「僕は幼い頃からずっと、毎日夢を見ているんだ。それはね、僕と影になっている人が四
人居て、未来に起こることを止めるために一生懸命になっているんだ。そして僕を含めた
五人は特殊能力を持っていてね、時々そんな苦労話をしたり、互いに励まし合ったりして。
そして小四になると僕は親の反対を押し切ってサッカーを始めたでしょ？それでね、公園
へサッカーをしに行った時だったんだ。休憩しようと思って芝に寝転がった瞬間、変な記
憶が流れ込んできたんだ。なんだと思って体を起こした時、目の前で流れてきた記憶通り
の出来事が起こった。最初は何が何だか判らなかったけど、それが未来予知だって判った
時は本当に驚いたよ」
「未来予知？それってどれくらいか先のことを見るっていうヤツだろ？」
「そう。人それぞれみたいなんだけど、僕の場合遠くて二日先かな。今のところ」
「で・・昨日のは？」
「あぁあれは白昼夢だよ。その内容が凄く新しかったからちょっと辛かったんだ」
　和馬はさっきまで不思議そうな顔をしていたが、哉の話を聞き終わるといつも通りの顔
に戻った。
「哉ぇ。もし辛いことがあったら俺、何でも聞いてやるから我慢しずに言えよ」
　その言葉に涙が出そうだった哉は、心の中で和馬に感謝していた。

　あの出来事以来、パソコンでメンバーを捜していた哉だったが、なかなか見つからない
というのが現状で、捜すのを諦めてしまった。そしてその頃、哉と和馬は三年生になって
いた。二人はトップクラスなのでこのまま上手く行けば大学へ進学出来る筈なのだが、こ
こでまた事は起きた。
　それは哉の成績が落ち始めているのである。授業中は積極的な質問など、色々と発言も
多く、テストでは日頃の成果を発揮していたのだが、それも悪くなっていた。
「西室、このお前の成績ではウチの大学推薦は無理だぞ。本格的に他の大学受験も考えて
おかないと・・・」
「はい・・・」
　返事をするのも何だか力が入ってない感じだった。それを見ていた和馬はもういてもた
ってもいられなかった。
　自分だけ先に行くことは出来ない和馬の性格は哉を救うための行動に出た。
「哉ぇ、お前何かあったのか。毎日気力のない感じがして。俺、心配でたまらないよ」
　そんな和馬の問いかけに哉は答えなかった。別に答える気力がなかったわけではない。
和馬を巻き込みたくなかったという心の表れからだった。
「我慢するなよ。一人で抱え込むなよ」
「何でもないって。これは僕自身の問題なんだよ！」
　力を振り絞って哉は怒鳴った。しかし、今までの疲労がどっと出たのか、和馬の方へと
倒れ込んできた。
「おい哉っ！しっかりしろ！」
　哉の体を揺すってみたが目を覚まさない。仕方なく保健室へと連れて行った。
「この子とても疲れているみたいね。何かあるのかしら・・・」
　保健室の先生は哉の青ざめた顔を見ただけでその疲労度が判っていた。
「黒田くん、西室くんから何か聞いてないかしら」
「いえ何も。さっき哉に聞こうとしたんだけど怒られました。『これは僕自身の問題なん
だよ』ってそしたらこいつ、急に倒れて・・・」
「そう・・・。じゃぁ西室くんの事については・・？」
「あっあいつ・・・」
　そう言いかけた和馬は二年の時に哉が言っていた事を思いだした。これは誰にも言わな
いで欲しいと。
「いや何でもないっす。あのう、俺、次の時間授業ないんでここに居てもいいですか？」
「えぇどうぞ。ちょうど私これから会議があるから様子見ててあげて。じゃぁ」
　先生は何か手にいっぱい持って部屋を出ていった。
　和馬は「ありがとう」と言うと哉の寝ているベッドの側に椅子を置いてずっと座ってい
た。
　その間、哉はずっと夢を見ていた。
「西くん、心配かけちゃ駄目だよ。ちゃんと本当の事を言うべきだよ」
「きっと力になってくれる筈だぜ。しっかりしろよ哉」
「ありがとう。でも巻き込みたくないんだ。今の状態にさ」
「巻き込むってそんな弱い奴じゃないと思う。自分をしっかり持っとるっちゅうか。絶対
話すべきや」
　夢の中でいつものメンバーが話していた。話の様子から見て、現実の事らしい・・・確
かに、今の心理状態からしていつものと違うのは当たり前だ。
　そして哉の気持ちは変わった。今までの疲労の原因となっていたものは別に一人で抱え
るべきものではないと。和馬がきっと手助けしてくれると。だから話そうと。

　その間、和馬は一人で哉に話しかけていた。
「なぁ哉、お前の中で一体何が起こっているんだよ。何でも言ってくれれば俺、何でもす
るのにさ。どうしてだよ・・・」
　和馬は下を向いたままそれ以上何も言わなかった。
　それから数十分後、先程とは表情が穏やかになっている事に和馬は気付いた。
「もう大丈夫だな・・・」
　そう、席を立った時、哉が目を覚ました。
「うっう││ん」
「あっ哉。気が付いたか。もう少しゆっくりしたいだろ。俺、レッスン室に行ってくるよ。
だから寝てればいい」
「かっカズ。ちょっと待って」
　保健室から出て行こうとする和馬を哉は呼び止めた。そしてやっとの思いで体を起こす
とこう言った。
「さっきはゴメン。あんな言い方してさ。夢の中で叱られたよ。カズに心配かけるなって、
全て話せって。最近、未来予知の回数が多くて、一日五回とか。それも毎日。予知が起こ
る時は結構体に負担がかかって集中力無くなって勉強が手に付かなくなってたんだ。だか
らあんな事に・・・本当にゴメン。もう僕は大丈夫だから・・」
「そうか・・俺こそゴメン。無理矢理聞いてさ。でも前から言っててくれたらもっと良か
ったよ」
　ハハハハと二人の間に笑いが起こり始めた。一応、一段落ついたようだ。
「まぁとにかく俺はレッスン室に行くよ。一時間ぐらい過ぎだら来るからそれまでゆっく
り寝て・・・」
「黒田くん、何そこで立ってるの・・・あらっ西室くん目が覚めたの？」
「はい」
「じゃぁ俺はこれで。あとでな哉っ」
　軽く手を挙げると保健室から出ていった。
「さっきよりは顔色いいわね。でもまだ休んだ方がいいわ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
　先生は何かを机の上に広げて仕事を始めた。それを見た哉は和馬と先生の言う通りに眠
りに就いた。
　その日の哉は初めて全く別の夢を見た。そう、いつものメンバー誰一人出ていない夢を。