哉がちょうど一歳を迎えた年の九月一九日。哉が生まれた時と同時刻、全く違う場所で
産声を上げた赤ん坊が二人いた。一人目は埼玉で生まれた水月海斗。そしてもう一人は大
阪で生まれた柴田大介である。幸運にも二人は何年後かに出会うのであった。
　二九八一年、埼玉県のとある住宅街の一軒家。水月海斗は九年間ここで暮らしている。
　彼の家族は学校の先生の父母と、二つ下の妹・来夢と三つ下の弟・陽一の五人家族であ
るが、父母共働きなので妹や弟の世話は兄である海斗が一人で見ている。
　そんな生活を送っている海斗であったが、最近は一時休業の状態である。それは何故か
というと、ちょうど学校が春休みに入っていて両親が家に居ることが多いからである。
　しかし、そんな日々も二週間程度で終わり、四月の新学期を迎えた。
　海斗はこの新学期で四年生になった。四年生といってもクラス替えは無く、気軽な新学
期が送れる・・・筈だった。しかし、四月の半ば、友達と一緒に下校していた時である。
何気なく友達と小突き合って歩いていて、強く友達を触った。その時である。
　───！
　物凄く違和感のあるものが海斗の意識の中に飛び込んできたのだ。体験したことのない
感覚に思わず道端で立ち止まってしまった。
「おいっ海斗、どうかしたか？」
「あっうん」
「調子でも悪いのか？」
　一人の少年が海斗の方に近づいてくる。
「いいや・・・なぁ崇之。後でウチに来てくれないか？ちょっと話があるんだ」
「あぁいいよ」
　崇之と呼ばれた少年は、水口崇之といい、海斗とは幼い頃からの友人である。そんな長
い付き合いの二人はお互い信頼し合っている仲なのである。
　それから海斗は人の体に触らないよう、注意しながら家へと帰っていった。
「お兄ちゃんおかえり」
「にぃちゃおかえりぃ」
「ただいま」
　二人に笑顔を見せて頭を撫でてやった時、また違和感のあるものが流れてきた。今度は
その内容がはっきりと理解できた。
「来夢、陽一、ちょっと待ってろ。今すぐホットケーキ作ってやるからな」
「やったぁホットケーキだぁ」
　二人は嬉しそうに海斗の後をついてくる。だが、海斗には違和感が残った。人の心が見
えるなんて。と。
　───接触テレパス。それが海斗が持っている特殊能力である。
　人に触れると相手の心が見える能力。そんな能力が海斗の中に眠っていたのである。
　来夢たちにホットケーキを作り終えた頃、海斗の家に崇之がやって来た。
「海斗ぉいるかぁ？？」
「おぅ上がっていいよ。来夢〜っ電話番頼むなぁ」
　台所に向かって叫ぶと海斗と崇之は二階の部屋へと上がっていった。
「何だ？話って」
「さっきのことなんだけどさ・・・」
「帰る時にボケーッと立ってたあれか」
「そう。あの時は何だか違和感のあるものが俺の意識の中に流れてきたんだけど」
「違和感のあるもの？」
　よく判らない海斗の話に崇之は首を傾げた。
「あの時、亘の肩に触ったんだ。この手で。そしたらあいつの心の中が見えたんだ」
「はぁ？」
　崇之は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。普通の人なら当たり前のリアクションで
ある。
「俺自身も未だに信じられないんだけどさ、さっき陽一の頭を触ったんだ。そしたらおや
つに何が食べたいか判ったんだよ」
「ちょっと待て、今一判らないから整理してもいいか？お前のその右手で触ると人の心が
見えるんだろ・・・信じがたいよなぁ」
「まぁ信じがたくても仕方ないよな。んで、一つだけ思ったことなんだけど、これはあの
夢と何か関係あるんじゃないかって」
「夢ってあの毎日見るっていう変な夢か？」
「あぁそうなんだ」
　幼い頃からずっと海斗が見ている夢とは、海斗と一つ年上の哉、同い年の大介という男
とあと二人、名前も判らずに陰になってる。そこの中で海斗は接触テレバスという能力を
持っているのである。
「俺、夢の中で今持っている物と同じ能力を持ってるんだ。接触テレパスって言うみたい
だけど」
「接触テレパス？」
「そう」
「厄介な能力を持ったみたいだなぁ。人の心が判るっていう。いいよ、判った、俺が全面
的にフォローするよ。俺とお前は長年の親友だからな。でもさぁ亘の心はどうだった？」
　大人っぽい会話をしている二人ではあったがここはやはり子供である。崇之は海斗が見
たという亘の心の中身に興味津々である。
「教えない」
「いいじゃんかよ〜〜。なぁこっそり」
　こういう時だけ小学四年生に戻るのかよと溜息を吐いた海斗は渋々崇之に耳打ちした。
「え？よく判らなかった？嘘だろぉ？？」
「本当さ」
　とりあえず崇之の協力するという言葉を聞いて海斗は安心したようだった。
　ちょうどその頃、海斗は先程話題になっていた亘という少年、小学校からの友達である
川村亘一緒にバスケットボール部に入部し、遅くまで練習をする毎日を送っていた。その
甲斐あってか、二人は水月・川村コンビと呼ばれる程心が通い合い、四年でレギュラーを
獲得し、二人のコンビプレイで数々の試合に勝利していた。
　休日になれば練習試合があり、体を休める時間もなくなってきていた。
　そして今日もまた隣町の学校と練習試合をすることになっていた。
「今日もしまっていこうぜ！」
「オ───！」
　キャプテンの声に合わせて全員が気合いを入れる。
　軽くウォーミングアップを済ませ、両チームが挨拶を交わすとホイッスルが鳴り、試合
が開始された。と言っても十分後にはほとんど勝敗が決まっていたと言っていい程海斗の
学校である埼玉第一小学校がリードしていた。
「海斗、そろそろいつものいっておくか？」
「オッケー」
　海斗と亘はいつもの合い言葉を交わす。この言葉が出ると仲間から回ってくるボールを
亘が受け取り、ドリブルで繋いでゴールを目指す。その時、海斗は亘の向かい側を走り時
々フォローを入れる。亘が上手くゴール付近にたどり着くと、海斗にボールが回され、華
麗に相手のディフェンスを避けゴールを決める。だが、この二人の動きが見えるのは普段
見慣れている先輩たちだけである。相手は素速い動きを追うだけで精一杯で二人にはなか
なかついていけていなかったのだ。
　そしてハーフタイム、後半を終え、結果六五対三〇で埼玉第一小学校の勝利で幕を下ろ
した。
「この調子で今度の大会優勝しような」
「おぅっ」
　亘が海斗の肩を叩いてきたのでそれに応えるように海斗も叩き返した。しかし、彼の頭
の中には自分の能力のことがこれっぽっちも残っていなかったのか、大きな意識が流れて
きたせいでその場に屈んでしまった。
「どうしたっ海斗。怪我でもしたのか？」
「いいや・・・大丈夫」
　少し顔を歪めた海斗は体制を整え部室へと足を向けた。
　その後、大会を無事に済ませ能力の方も少しずつコントロール出来るようになり、部活
中に倒れることが次第になくなっていた。そして何年かの時が過ぎ、海斗は崇之と亘と共
に中学に進んだ。そこでも海斗と亘の二人はバスケ部に入部し、先輩も顔見知りばかりだ
ったせいか入部早々から相変わらずのコンビで活躍を見せていた。
「海斗、最近凄い活躍だな」
「何か成り行きで活躍しちゃってる感じだけどな。で、崇之は何もしないのか？」
「しないしないよ。今のうちに遊んでおきたいし。あぁそうだ、最近能力の方は使わずに
済んでるか？ついこの間までよくグランドの隅で座り込んでたけど」
「大丈夫さ。最近は力が落ち着いたのかコントロールできるようになったのか触っても多
少の事じゃ倒れなくなったから」
「ならいい。でも何かあったら俺に言えよ。お前のフォローマンだからな」
「判ってるよ。じゃぁ俺、練習に行くな」
「頑張れよ！」
「おぅっ」
　同じクラスだった崇之と下駄箱までいつものように語りながら降りてきて、帰宅部であ
る崇之と玄関で別れ、体育館のすぐ側にあるバスケ部の部室へと向かう。
「おはようございまぁす」
「おう海斗、相変わらず一年のトップバッターだな」
　海斗が部室に到着すると既に来ていた先輩たちが各々に準備体操をして体をほぐしてい
た。海斗が着替えのために部室のドアを開けようと手を伸ばすと、今日のメニューは３ｏ
ｎ３なのか、ドアには対戦表とメンバー表が書かれた紙が貼ってあった。
「あれ？今日は俺と亘は二人だけですか？」
「あぁ。今日は一人休みで居ないからお前らは二人な。でもその方が楽じゃないか？」
　いつも一番に来ては部員が集合するのをドアの前で待っている部長にメンバー表に海斗
と亘の名前しか書かれて居ない理由を聞いたのだが、部長の口からは適当とも言えるよう
な言葉が返ってきた。その言葉に「一応３ｏｎ３なんですから」と海斗はぶつぶつと不満
を部長にぶつけたが、相手にもされずゲームは始まってしまった。
　一名が休みのため二人で参加することになってしまった海斗と亘であったが部長の言う
とおり二人で良かったと言わんばかりに二人は先輩チームをも負かしていくように次々と
試合のコマを進めていく。しかし、予想もしなかった事態が起こった。
　最後の決戦、部長率いる最強レギュラー組を相手に前半はまずまずの試合展開を見せ、
お互い譲らない試合だった。
「海斗！行くぞ！」
　亘からの大きなパスを受け取ると、海斗はゴール目掛けてジャンプした。
「行けー！」
　亘の掛け声と共に見事なダンクシュートを決め、見事最強レギュラー組に勝利した。
「やったぜ海斗！」
「やったな」
　二人は手を叩いて喜んだ。その時である。
「うわぁっ」
　海斗は意識に流れてくる大きな意識にその場にしゃがみ込んでしまった。
「おい。大丈夫か？」
「うん。サンキュー。───つっ！」
　しゃがみ込む海斗に亘は手を差し伸べてきた。そしてその手を掴もうとした途端、再び
大きな意識が流れ込んで来た。
　別に自分の能力を忘れていたわけではなかった。何時もだったら何も起きないそんな状
況だったのだ。しかし、今日に限っておかしい。どんどん強い感情が流れてきて立ってい
ることもままならない。そんな状況の中、とうとう海斗はその場に倒れてしまった。
「おいっ！海斗！」
　海斗の急変に気付いた部員たちがコート内に集まってくる。
「とりあえず保健室に運べ」
　海斗のすぐそばにいた部長がメンバー数人にてきぱきと指示し、海斗を保健室まで運ん
だ。そして海斗を運ぶ先輩たちの後を心配そうについてくる亘。保健室の先生の判断で気
が付くまで様子を見ることになった。
「川村、お前は水月が気付くまで一緒にいてやってくれ。部活が終わったらお前らの荷物
はちゃんと持ってきてやるから」
　海斗を運び終えた先輩たちが保健室を退室する。その際、不安そうに海斗を見つめる亘
に部長が声をかけた。
「はい」
「みんな練習を再開するぞ」
　遠くで部長の叫び声が聞こえる。それを耳にしながら亘は海斗が目を覚ますのを待った。
　その間海斗は夢を見ていた。何時も見ているあの夢である。
「海、能力のことをパートナーに話しておいた方が良くないか？別に海から離れていくよ
うな奴じゃない感じがするし」
「海には何も見えなかったんでしょ？彼の心の中は」
「そうだけどさ」
「ならええんちゃう？」
「んじゃぁ言ってみるよ」
　夢の中で行われていた会話は哉の時と同じ感じのものであった。海斗にアドバイスをす
る夢の中のメンバー。実在しているのかも判らないのに何故か現実味を帯びていて亘に自
分の能力の話をする決心を海斗にさせたのであった。
「う────ん。あっ亘・・・？」
「無事か？」
「天国行ったみたいだったな」
「アホぅ。馬鹿なこと言うな」
　海斗が無事目を覚まして安心した亘は海斗の額にデコピンを一発かましてやった。
「・・・亘。お前に言っておきたいことがあるんだ」
　さっき夢の中で腹を括った海斗は以前崇之に話したように自分が見ている夢と持ってい
る能力の話をしてみた。
「接触テレパス？人の心が見えるのか？」
「見えるというか、考えてることが頭の中に響いて来るって言った方がいいかな。さっき
も流れてきたんだ。お前の心のが。でも強すぎて見えなかったけどな」
「人の心が見えるなんて少し嫌だな」
「別に信じろとは言わないよ。俺だって言われたら信じられないしな。でも理解ってほし
い。パートナーとして」
「・・・判ったよ。但し、見えた内容は誰にも言うなよ」
「あぁ」
「じゃぁもう立てるか？とりあえず部室に戻ろう。今日は俺が送っていってやるからさ」
　二人は保健室を後にすると部室へと足を向けた。するとドアの前には二人が戻ってくる
のを察知していたのか部長が待ち構えていた。
「水月、もう大丈夫か？念のため今日はもう帰った方がいい」
「はい」
「川村、お前も今日は終わって水月を家まで送り届けてくれるか」
「はいっ」
「んじゃまた明日な」
「お疲れ様でした」
　部長は軽く手を挙げると部員たちが待っている体育館へと戻っていった。海斗たちはさ
っさと着替えを済ませ荷物をまとめた。
　彼らの家は学校から河原を歩いて三〇分程の所にある。
「なぁ海斗。俺、お前の事を信じても大丈夫だよな」
「何だよ。弱気になっちゃってさぁ。普通なら俺がブルーになってるんじゃないのか？」
「そうだよな。そうだよ」
　これで海斗のことを知っているのは二人。崇之と亘。二人はそれぞれの方法で海斗をフ
ォローしてくれた。
　そして全国大会で何度かベスト８入りを果たし、海斗と亘の高校進学への道は確かなも
のになったのであった。
　そして二九八六年の春、無事部活推薦を獲得した海斗と亘は、めでたく埼玉北高校へと
入学し、一般試験で合格していた崇之も海斗たちと同じ高校に入学したのである。
　高校でまたバスケ部に入部した海斗と亘に加え、一年生は強制的に部活に入部させられ
るこの学校の制度に悩み抜いた崇之は、海斗専属の世話係と称して、マネージャーとして
バスケ部に入部したのである。
　ここでも水月・川村コンビは健在であった。中学校時代からその噂は広まっていたらし
く、二人揃ってこの埼玉北へ入学してきたことに顧問はじめ、部員たちが喜んだという。
そしてまだ一年であるのに数ヶ月の下っ端人生に終わりを告げるようにレギュラーに二人
友が選ばれたのである。
「水月、川村、今度の練習試合からレギュラー入りだ。頑張れよ」
「ありがとうございます」
「やったな！二人とも」
　昔から二人の活躍を陰で応援してきた崇之は自分のことのように喜んでくれた。
「海斗、練習しようぜ」
　亘は持っていたボールを海斗に向けて投げた。
　海斗はゴールに向かってドリブルし、ゴール手前でジャンプした。高校生になって急激
に背が伸びた海斗は身長が１９０センチ近くある。そんな体を綺麗な姿勢を保ったままダ
ンクを決める。そんな練習を何度も繰り返してシュートの正確さと亘とのコンビネーショ
ンをより良くする。それが実際に試されたのは同じ年にあった全国大会決勝戦の時だった。

　さすがに高校の全国大会ともなると今までよりもレベルは遙かに高く、海斗たちの埼玉
北高校でも決勝戦まで残るのは珍しいことであった。
　この試合に勝てば頂点に立てるという最終戦。お互いなかなかゴールが決まらず時間は
刻々と過ぎていく。得点は六四対六八と一応リードしていたのであったが、この状況下で
は逆転される可能性があり、早くも相手に二点入れられてしまった。試合時間も残り一分
を切ろうとしている今、相手に得点される前に得点するか守りきるかである。そんな中、
意を決した部長が海斗と亘に声をかけた。
「お前らのコンビプレイに全てを賭ける。何とか決めてくれよ」
「はいっ」
　集中力を最大まで高めた二人は、目の前に居る少年を見る。彼の手からボールが離れた
ことを確認すると素速い動きで亘がカットし、ゴール目掛けてドリブルを始めた。海斗が
サポートする中、一人、また一人と追い抜き、サポートから攻撃態勢にでた海外に向かっ
て大声で叫んだ。
「海斗っっ！頼むっ！」
　亘から絶妙なタイミングでパスを受け取った海斗は、数回のドリブル後、あの華麗なる
ジャンプをした。
　海斗の攻撃に誰もが息を飲み込み、この試合の行く末を見守った。ゴールさせないとシ
ュートを阻止しようとジャンプしてくる相手チーム。しかし、間に合うことはなく、海斗
のダンクシュートが見事に決まった。
　一瞬静まり返る場内。そして得点になったのを確認するとどこからともなく歓声が沸き
上がった。
　緊迫した局面を何度も迎えながら無事、埼玉北高校が全国優勝を果たした。
「やったなぁ海斗。優勝だぜ！」
「俺たちやったんだな」
　コート内でも部員同士が抱き合って喜びを噛みしめた。そして優勝旗を掲げ喜びを母校
に持ち帰ったのである。