無秩序な世界が広がる宇宙の海の中を、今日も不思議な形をした宇宙船が航行していた。
その宇宙船はただ真っ直ぐ、何かを探しているように進んでいく。
「前方、サレイスティク・レモンド社の鉱石輸送船サントニア号発見。隊長、どうします
か？このまま見逃しますか？」
「・・・レモンド社の輸送船となれば積み荷はかなりの高額鉱石。これを逃す訳にはいか
んだろ。・・・全員、出撃体制を！！」
「了解！！」
　そして、サレイスティク・レモンド社の鉱石輸送船サントニア号は宇宙海賊にハイジャ
ックされ、抵抗する暇も与えられない内に積み荷は全て消え、海賊も気付いた頃にはもう
宇宙の黒い海に消えていた。

　マテリア暦五八一三年。新しい年を刻み始めた一月半ば、新しいメンバー、雪蔵が入っ
て初めて年を越したSpeaDのメンバー。彼らには休みなどなく、メンバー揃って初詣でに
行っただけである。そんなSpeaDが所属するＰ．Ｇ．Ｌ本部の一五階。何時もと変わらな
い風景の中、廊下を静けさだけが過ぎていく。と思いきや指令部であるメインルームから
何やら騒がしい声が聞こえて来た。
「何だとぉ！よはんがせっかく作った料理を食べれないと言うのかぁ」
「当たり前じゃない。老犬の作った変な物なんて食べれないわよ」
「司令官に対してどういう口の聞き方だ！！小娘の分際で生意気言うでない！！」
　メインルームの円卓で、よはんお手製の茶菓子を食べたくないとシールが反抗をし始め、
いつものように喧嘩が勃発していたのである。
「おい・・・また始まったぜ喧嘩が。梨来、止める気はないのかよ」
　何時もながらのよはんとシールの喧嘩に、今日だけは耐えられないというような態度を
見せた祐太郎は少し苛ついていた。というかこの事態が収まらないと帰れない事を感じ取
ったようである。しかし、何時もなら誰よりも早く止めに入る梨来が何時までたっても仲
裁に入らない。そう、この日だけは何かが違っていた。
「もう少しそのままにしておけばいい。気が済むまで喧嘩させておけ」
「まぁっ。リクにしてはおとなしい言葉じゃないの。何時もなら止めなくってはって使命
感の塊なくせに」
　梨来の横ではエーシャが驚いた様子で梨来を見つめる。更にエーシャの横では「熱でも
あるんですか？」などと、雪蔵が不思議そうに顔を覗き込んだ。
「たまには喧嘩もいいだろう」
　梨来の考えを読み取ったのかはたまたただの偶然か。突然口を開いたＴＡＭＡの言葉は
梨来の考えと一致した。それに梨来は首を縦に振り、でも今日だけだと付け加えた。
　何故、梨来がよはんとシールの喧嘩を止めないのか。それは前回の慰安旅行の帰りに起
きたあの出来事まで遡る。
　悲しみを背負ったフォウルの亡霊に出会ったリダー・レイス号の一件からよはんの様子
がおかしいと梨来は感じていた。普段のように振る舞ってはいるが何処か背負っている過
去の思い。よはんの口から聞いていないので何があったか判らないが、よはんの過去の何
処かで関わり合った事があるような気がしてならない。それを考えればこのよはんの状況
に納得がいく。
　そんな思いから、梨来は辛い過去を思い出して沈むより喧嘩している間だけでもそれを
忘れられるのであれば無理に止めることもないだろうと考えたのである。
　ようやくよはんとシールの喧嘩が収まり、今日の仕事を終えメインルームから立ち去ろ
うとした時である。窓際にあるよはんのシステムデスクの呼び出し音が鳴った。
「梨来、お前が見て来い」
　それはよはんの仕事だろうと思いながら、梨来は渋々システムデスクに向かった。
「・・・？ゴンさんからだ」
　梨来は回線をつなげ、スクリーンに映像を映し出した。するとそこにはゴンさんの顔が
映った。
『おぉ梨来か。これからドックの方へ来て欲しいのだが・・・まだ仕事中か？』
「いいや。今から全員帰るところだった。で、ドックへ何し・・・」
　そう言った梨来は何かを悟ったようで、途中で話を止め自分が悟った事を口にした。
「Ａｒｋが完成したのか？」
『そうだ。三ヶ月もかかったが、ようやく完成した。出来たてほやほやを今からお前たち
に見せてやろうと思ってな。どうだ、来るか？』
　そう、あのＡｒｋが完成したのだ。パルメザン号の事件で戦闘艦の機能を失ってしまう
程壊れてしまったのである。全く使い物にならなくなってしまったＡｒｋを、ゴンさん指
揮のもと、最高ランクの技術者チームの手によって新型Ａｒｋが製作されていたのである。
それを今から見に来ないかという誘いであった。
「そりゃ見に行くでしょ」
　最初に口を開いたのは、早く部屋に戻りたがっていた祐太郎であった。それに続くよう
に全員一致で見学する事に決定。早速、指令部に荷物を置いて地下五階へと急ぐ。すると
そこには今まで作業していたと言わんばかりに全身を油などで汚したゴンさんが立ってい
た。
「全員来たようだな」
「あぁ。・・・ゴンさん、本当にありがとう。これで俺たちも仕事が出来るよ」
　ゴンさんには迷惑かけっぱなしだなと梨来は深々と頭を下げた。
「もう壊してくるなよ。Ａｒｋは俺の大事な息子なんだから」
　「わかったよ」という梨来の言葉にかぶるように祐太郎が「そんな話はいいから早く見
せてくれよ」と口を開いた。
「そう急かすな。急がんでもＡｒｋは逃げたりせんぞ」
　急かすメンバーに少し呆れ顔をしたゴンさんは、どうぞとドックの中へと祐太郎たちを
案内した。
　するとそこには何一つ汚れていない戦闘艦Ａｒｋが姿を現した。その新品の輝きは新車
を買った時のあの輝きによく似ている。そして感動もそれ以上である。
　新品のＡｒｋに何とも言えないようで、口をぽかんと開け、魂を抜かれた死人のように
ぴくりとも動かなかった。そんな感動も、祐太郎の何気ない一言によって現実に引き戻さ
れたのである。
「でも形は前のＡｒｋと変わらないじゃんか。新品という事以外は」
　早く見せろと一番はしゃいでいた祐太郎本人がこのようでは感動も冷めてしまう。
「何だよ。人がいい気分だったのによ」
　冷たい目でＴＡＭＡは祐太郎を睨む。その様子を黙って見ていたよはんは「お前もそん
な事思うんだな」と感心している。
「ごんさん、中を見てもいいかしら？」
　外は変わらなくても中身は違うわよと思っていたのはエーシャである。一足先にＡｒｋ
のエントランスに足を向けた。その後をＡｒｋ内に装備してあるルプアに興味を持ってい
る雪蔵と、早く使い慣れないといけないなと思っている梨来が案内人にゴンさんを連れ、
中に入っていく。
「あっ待ってくれよ」
　そして置いてかれた三人は、エーシャたちに追いつこうと急いでエントランスに向かっ
たのである。
　最上部後方より入るようになっているＡｒｋに、何時もと変わらず入っていく。そこか
ら入るとちょうど最上階、４層Ａ０ブロックの踊り場に着く。すると進行方向左側にはド
アがあった。ここらへんは旧型Ａｒｋと何ら変わりはない。
　エーシャたちはそこから中へと足を踏み入れる。そこには四角いテーブルに人数分の椅
子のあるオペレーションルーム、言わば作戦会議室である。ここは旧型Ａｒｋにもあった
のだが、オペレーションルームとは名ばかりのティールームになっていた。今回もそうな
る事は確実である。次にその先に入った。そこはＡｒｋを動かす為のシステムが全て集め
られたメンバーの活動中心であるメインブリッジである。
「ここら辺の内装は変わってないわね」
「確かに。ここは被害を受けてないからな。でもシステム関係が違うみたいだな」
　普段からＡｒｋのシステムを使い慣れている梨来は自分の使うシステムデスクの画面表
示が少しだけ違う事に気が付いた。
「さすが梨来。長年使っているだけあるな。Ａｒｋのシステム自体は変わってないんだが
補助システムをルプア最高のものにしたからな」
　ゴンさんの横では目をキラキラさせた雪蔵がいた。
「おーい雪蔵が夢の中にいるぞ」
「芙蓉は本当に好きなんだな」
「はい」
　他にはどうなっているんだとオペレーションルームに戻り、後方に付いているドアを出
て船内エレベータに乗ってＡ１・Ａ２ブロックのある３層に降りた。
「ここは何もないよな」
　今までは資料室であるマテリアルルームの記憶しかない祐太郎は先を行くよう急かした。
「祐太郎何もないと思ってちゃいかんぞ。それじゃあＡｒｋが新型になった意味がないじ
ゃないか」
「そうよね。中身が一緒じゃ新型の意味がないじゃない」
「じゃあ何が出来たんだよ」
　ゴンさんとエーシャの言葉にふてくされた祐太郎は、３層の変わりように驚くのである。
「ここはマテリアルルームだろ、そしてその反対側は雪蔵が喜んでくれると信じて作った。
ラボラトリーだ。護送用の隔離室もついている。それよりお前たちに会わせたい奴がいる」
「会わせたい奴？」
　こんなＡｒｋの中に誰がいるんだよとそのまま正面に向かって進んだ。
「あっなんか奥に辿り着くのが早い感じがしますね」
　いつも一人、Ａｒｋ内で遊んでいるシールは３層の距離感の違いに気が付いた。
「ここは？」
「まあ何も言わずに入ってみろ」
　梨来たちはゴンさんの言う通りにドアを開けた。するとそこには清潔感のある綺麗な部
屋、そして見た事のない機械類が目に入ってきた。
「何だよここは」
「これは医療器具じゃないのか？」
　部屋の様子に疑問を持った祐太郎に対して、ある程度の知識を持っている梨来が以前何
処かで見たことがあると部屋中の機器に見入っている。
「Ｄｒ．いるか？？」
　ゴンさんが二階に通じているらしい階段の下でそこの住人であろう人を呼んでみる。す
ると扉の開く音と共に少し高めの声が聞こえてきた。
「僕に何か用ですか？」
「Ｄｒ．に紹介したい奴らがいるんだ。降りてきてくれないか？」
「あっはい。今行きます」
　がたがたと上から聞こえたと思うと、ふわふわ浮いた可愛らしいロボットが降りてきた。
「紹介しよう。このロボットが今度の新型Ａｒｋに入れることになった医師ロボットＫＥ
３０００Ｄｒ．クルルだ。本部のクリニックで活躍しているロボをＡｒｋにも投入した。
どんな治療をもこなす。このＤｒ．クルルは本部で活躍していた名医だ。お前たちがこれ
からどんな敵に遭遇するかもしれんからな、今回入れることにしたのだ」
「はじめまして、みなさん。Ｄｒ．クルルです。みなさんと一緒に仕事が出来ることを楽
しみにしていました。数々の噂聞いてます」
「はじめましてＤｒ．俺は副司令官の牧村梨来です。で、こっちからエーシャ・カルナー
リ・フェイル・黒崎、高野祐太郎、芙蓉雪蔵、ＴＡＭＡ、よはん、シールです。」
「よろしく」
　簡単に紹介を済ますと、クルルは内部設備についての簡単な説明をし、顔合わせを終わ
らせた。
「後は前回のＡｒｋと何ら変わりはない。SpeaD-Wingが初号機と二号機が少々破損して
たから修理したが形は以前と変わらない。どうする？見て行くか？？」
「この際だから見て行こうぜ」
　そのまま一行は、第２層と第１層を見て回り、新しくなったＡｒｋを自分達の身体で実
感したようである。
　そして全て見終えた一行は、Ａｒｋの外に出て来た。
「あれだけの設備をつけるのに相当金がかかってるんだろうな」
「祐太郎、何だその顔は」
　何か企んでいるかのような顔でＡｒｋを見つめる祐太郎によはんが鋭くつっこむ。
「破壊できない事がそんなに悲しいか？」
　祐の考えている事だそんな事だろうと梨来が先に言ってしまう。
「おい、祐太郎。そんな事だけは止めてくれよ。俺の三ヶ月間が無駄になってしまうじゃ
ないか」
「ゴンさん、まさか。オレがそんな事考えると思って？」
「十分ありえるからな。高野の場合」
　横にいたＴＡＭＡにも厳しくつっこまれた祐太郎は、見えなくなってしまう程、小さく
なってしまった。
「Ｄｒ．クルルという力強い仲間も入った事だし、SpeaDの行動範囲がまた広がるわね」
　Ａｒｋの大きな変化であったＤｒ．クルルの加入は、エーシャたちにとってどのような
変化をもたらすのかこの先が楽しみである。
　Ａｒｋを満足いくまで見学したエーシャたちは、ドッグから指令部に戻り、それぞれの
住処へと帰っていった。と言っても実際本部から外に帰るのはよはんと梨来のみで、他の
三人＋一匹はフロア内の寮へと戻って行ったのである。
「じゃあな」
「あぁ、お疲れ」
　本部一階で別れたよはんと梨来は、それぞれの家にそれぞれの方法で帰途に着いたので
ある。