暗く静まり返る館内を、隊列を組みながら、奥へ奥へと進んで行く。完全に制御を失っ
た館内には、人がいた頃のなごりであろうか、生活用品と思われるものなどが浮遊してお
り、歩みを進めるメンバーの横を音もなくかすめるようにして後方へと流れていく。
　光源はそれぞれが着込んだ宇宙服に備え付けられたものと、梨来と祐太郎が手にした懐
中電灯だけである。
　よはんを先頭に梨来、雪蔵、フィミ、エーシャ、ＴＡＭＡ、祐太郎の順に一列に歩いて
いる様はなかなかに滑稽なものである。宇宙服の性能は格段に進歩しており、最先端の技
術を駆使しているとはいえ、人体に影響を与えないように配慮した結果、なんとも不恰好
にならずにはいられなかったのである。
　それぞれが作業をすすめているのであれば、それなりにも見えようが一列に並んで歩く
様子はおもちゃの人形が行進しているようでもあった。
　歩き始めてまもなく一つ目の角を左に曲がると、真直ぐに奥まで長く続く通路は深遠の
闇を広げ、愚かな人間を飲み込もうとしているかのようにも感じられる。通路の左右には
等間隔に扉が設けられてはいるが、現在その扉たちは固く閉じられ、頑なに他者の進入を
拒むかのようにひっそりと佇んでいた。
「さぁて、よはん。これからどうするんだい？」
　祐太郎の言葉にふぅむと大儀そうに顎に手をあて、考える素振りをしてから口を開いた。
「そうだなぁ。どうするべきか…」
　うーむ、と唸るよはんを尻目に残りのメンバーは円陣を組み、方策を検討し始めた。
「分かれた方が事態は早く収拾するよな」
「僕もそう思います」
「いや、この船についての知識もない上に、なんだか嫌な予感がするんだ」
「確かにあの変な磁場といい、この船との遭遇といい偶然とは言い切れない部分もあるも
のね」
「えぇ！？なんだか楽しそうですねぇ」
「今回は一緒に行動するって事でいいんだよな」
　お互いの意見がまとまったところで、よはんの居る方向へ視線を転じると未だに考え込
む風情をして、一人うーむと唸りながら立っていた。
「よはん、よはん。もういいから。先いくぞ」
　全員を代表して梨来が言った。
「うむ。これからどうするんだ」
　よはんの反撃がないことに内心首を傾げながら、それでも言葉にはせず、これからの当
面の行動について説明を始めた。エアーのポンプがのこり４時間弱であることから、のん
びりもしていられない。そこでとりあえず、機関室があると思しき方向へと向かいがてら
道すがら艦内を見て回ろう、と。計画性の欠片も見受けられないが、まぁよはんのわがま
まに付き合っているだけなのだから、構わないのであろう。
「そうか。ではこの通路の部屋を一通り調査するぞ」
　言葉だけは威厳を持ってよはんは宣言し、歩き始めた。先に進行方向左手の扉を開き、
一人ずつ中へと足を踏み入れる。全員が部屋の中に納まると、少しばかり窮屈そうに見え
る。それほど広くもない部屋には何ら物が存在せず、空虚な印象だけが古ぼけた内装と共
にそこにあった。
　外に出て、はす向かいの部屋へと足を向ける。同じようにして幾つかの部屋を覗いたが、
何一つ収穫を得られずに居た。そのまましばらく同じ行動を繰り返して、突き当りまでき
た。
　突き当たりからは左右にそれぞれ通路が伸びており、そのどちらもが今まで通ってきた
通路と同じつくりをしていた。
「さて、どっちに行く」
　そういったのはよはんではなく、梨来であった。当のよはんはどうした事か、先程まで
の元気はどこへやら、真剣な表情で何やら考え込んでいる。静かでいいという意見もある
が、言い出した張本人がこうでは今一やる気に欠けるものである。静かといえば、よはん
のライバルシールも静かである。日ごろは何かと難癖を付けて、よはんに喧嘩を吹っかけ
るのだが、それどころか空ろな目をして壁にぶつかりそうになりながら宙に浮かんでいる。
「…シールはどうかしたのか？」
　ＴＡＭＡがエーシャに問うた。現在のシールに何を聞いても無駄だと判断した結果のよ
うである。
「それが、朝から調子が悪いみたいだったから、無理して付いてこなくてもいいと言った
んだけど…」
「風邪かもしれませんね。今度猫の病気について調べたいと思ってたんですよ。協力して
くださいね」
　雪蔵が心配しているのか判断に困る事を言った。
「シールの事よりも、どっち行く？」
　祐太郎が退屈したように聞いた。
「そうだな、シールの調子も悪いみたいだしな。早く終わらせて帰ろうか」
　そういって、梨来が右側の通路を選んで歩き始めようとしたところでよはんが叫んだ。
「左だ。左へ行く」
　首を傾げたのは皆同じであった。自分から調査すると言いだしたくせに、乗り気な様子
も見せない。それでも、ここぞという時になんやかんやと注文をつけてくる。よはんのわ
がままと言ってしまえばそれまでであるが、それだけで片付けるには何か引っかかるもの
があった。
「よはん。そういう事は早めに希望を言ってくれよな。左に拘る何か理由はあるのか」
　少しイライラしたように祐太郎はよはんに詰め寄るが、よはんは気にした様子はまった
くない。
「わかった。左だな」
　梨来は右側へと向けた足を左の通路へと向けなおし歩き始めた。そのあとをズルズルと
全員が後をついて行く。
　角を曲がり一つ目の部屋の扉に手を掛け、力を込めて左右に開く。そこには簡易ではあ
るが、ベッドと机と椅子が備え付けられていた。
　枕や机上にあったであろうペンや紙は室内を静かに漂っていた。光の届かない深海のよ
うに静かに流れる時に身を委ねるようにして、見るものに一瞬時間が止まったような感慨
を与えた。居住区として使われていたのであろう。
　机の引出しを開いたりして部屋を調べたが特に手がかりになりそうなものは見つからな
かった。次いで通路を挟んだ向こう側の部屋へと足を向ける。その中も先ほどと代わり映
えのしない造りをしていた。
　淡々と作業をこなしながらも、少しずつ奥へと踏み込んでいく。
「…やっぱり成果なし」
「そんなところだろうな…」
　梨来に同調するように言ったＴＡＭＡの言葉には、これ以上は無駄だという響きがあっ
た。しかしそんな事を気にするような、よはんではない。腕を組み、手を顎にあてて一人
沈思黙考を決め込んでいたよはんが、ふと顔を挙げて首を傾げた。
「祐太郎はどうした？」
　驚いたのは祐太郎の直ぐ前を歩いていたＴＡＭＡである。宇宙空間において仲間の位置
を把握しておく事は、最低限のルールである。だからこそ、周囲の警戒を怠った事はない
し、今回に限っても例外ではなかった。
「…さっきまでは確実に居た…居た筈だ」
　そう断言したＴＡＭＡであるが、腑に落ちないといった様子で辺りを見回している。
「でも実際にユウタロウはいないわ。来た道を戻りましょう。何か不都合が起こったかも
しれないし」
　そうは言ったものの、エーシャ自身その言葉には納得できないで居る。事故などのトラ
ブルも珍しい事ではないし、それに対処する知識も経験も有している。それが誰も気づか
ないなどということは無い筈だった。少なくともこのメンバーにおいては…
　よはんを筆頭にぞろぞろとしか形容できない歩調で来た道を戻っていく。今までに覗い
た部屋の様子も確認しながらである。
「祐太郎さんは大丈夫なんでしょうか…？」
　心配そうにフィミが誰とはなしに問い掛けた。しかし、すぐには誰も返事を出来なかっ
た。それは誰の胸にもあった思いであったのである。しかし律儀にもフィミを心配させま
いとして口を開いたのは、梨来である。
「大丈夫だよ、きっとね」
　諭すようにして言った言葉は、しかし微妙な間があったことから安心感を与えるどころ
か、逆に不安を掻き立ててしまったらしい。眉宇を潜めて黙り込んでしまった。
　誰もが胸中の思いを口にする事が出来ずにいた。心配は無用だという思いと、もしかし
たらという思いが混在して胸の内を満たしている。その中にのこのこ出てきたら…こうし
てくれる、という確たる意思も存在していた。
　思いと行動とは別物である、来たときとは明らかに違う速さで次々と扉を開けていった。
その時ふと違和感を感じた。急に重力による負荷がかかったのである。
「ねぇ…」
　エーシャがそう言いかけたのと同時に船内の照明が一斉についた。驚く間もなくフィミ
が呟いた。
「あ…あれ…」
　指差す方向に目を転じるとちょうどＴ字路になった先、半開きの扉から飛び出す形で人
の足があった。慌ててその場に駆けつけて見たものといえば、心臓が止まるかと思うよう
な光景であった。
　スペース・スーツのヘルメットが頭から外れた形で、祐太郎が横になっていたのである。
「祐太郎！！」
　全員が叫んだのも当然と言える、普通なら即死の筈であった。しかし、倒れていた人物
は自ら起き上がったのである。その場の全員の目が驚愕に見開かれた…が、立ち直るのも
早かった。
「祐太郎さん、よかった。無事だったんですね…」
　涙声になりながら、フィミが抱きつかんばかりにして喜んでいる。
「あ？みんな血相変えてどうしたんだ？ってオレヘルメットしてねぇし…って事は、え？」
　あたふたと慌てふためく祐太郎を尻目に雪蔵がぽそりと、しかし全員に伝わる程度の声
で言った。
「僕とした事が…。絶対零度の真空に放り出されて、原型を留めている事の方がおかしい
ですよね」
　正にその通りである。されにＴＡＭＡが留めを刺した。
「ついでにいうなら、倒れてるってのもおかしいな。無重力空間において意識もないのに
床に倒れてるなんて…」
　冷静でいたつもりが、かなり動転していたようである。それが恥ずかしかったのか、祐
太郎に矢継ぎ早の質問浴びせ掛けた。
「で？おまえどうしてこんな所に倒れてるんだ？」
「いや、それはオレが知りたいくらいなんだけど？変な人影らしきものが見えたから、追
いかけてって…どうしたんだっけ？」
　聞いている方が馬鹿らしく思えてきてしまう、その苛立ちを晴らすかのように無造作に
ヘルメットを脱ぐ。大きく深呼吸を一つ吐いて、視線だけで先を促す。祐太郎の一番近く
にいただけに、心配も責任も人一倍感じていたＴＡＭＡが質問役に回り、後は傍聴人を決
め込んでいる。
　無言の圧力に分が悪いと判断したのか、視線を忙しなく左右に泳がせている。
「何故黙って追いかけたりしたんだ」
「何言ってんだよ、オレ声掛けたぜ。ちょっと様子見てくるからってさ。お前、気をつけ
ろよって言ったじゃんか。覚えてねーの？」
　憤然として言い返した祐太郎だが、全員に視線を移すうちに不安になってきたらしい。
最後に一言「…言ったよな？」と弱弱しく呟いた。もちろんこれは無常にも否定される。
「とりあえずは無事だったんだから、よしとしよう」
　溜息混じりに梨来が呟いた。そうでも言わなければ、延々と続きそうな口論に終止符を
打てなかったからだ。
「オレはよくないぞ。じゃあ、オレの聞いた返事は誰がしたっていうんだよ！！」
　納得できないといった様子で、憤然と祐太郎は言い返すが「空耳だろ」とあっさりとか
わされる。それでも未練がましそうにぶつぶつ言っていたが、誰も取り合ってくれないの
で諦めた様子で肩を落とした。
「そういや、よはんはどうしたんだよ。さっきまで一緒に居たよな？」
「何言ってるの？ユウタロウ。よはんなならそこに…いない。あら？」
　よはんの居た場所を振り返ってエーシャが首を傾げる。視線だけで問うと、誰も知らな
いという返事が返ってきた。
「今度はよはんか…」
　今日何度目かの溜息を梨来が吐いた。近いうちに胃に穴が開くのではないかというぐら
いに、気の休まる時がない。
「呼んだら出できたりするかもしれませんよ。…よ・は・ん・さ・ん！」
「違ーう！！よはんの発音はよはぁん、だ。んにアクセントを置くんだ」
　何度言ったらわかるんだ、この若造は。とぶちぶち言いながら当のよはんがひょっこり
姿を表した。
「何処に行ってたんだ？心配したじゃないか」
　とは梨来。
「わしはお前に心配されるほど落ちぶれちゃおらん」
「そんなこと言わないでくださいよ。私本当に心配だったんですからね、祐太郎さんに続
いてよはんさんまでって…」
　目に涙をうっすら浮かべながらフィミがいう。
「…分かったから泣くな、娘っ子」
　よはんは手に負えんといった体で、困ったように尻尾を二度ほど振った。
「まぁまぁ、で？よはんまだ続けるのか？探検は」
　ＴＡＭＡが静かに口を開いた。それに対し、よはんは片眉を吊り上げて、何当然のこと
を言ってるんだこいつは、と器用に返事をしてみせた。
「それなら、早く次へ行きましょう。時間が勿体無いですから。よはんさん、どうします
か？」
「うむ、右に…ってどうしてお前が仕切ってるんだ？司令官はよはんだぞ！！」
　誰も仕切ってないじゃないかという言葉を、喉まで出かかったものをなんとか嚥下した。
　先程からみるよはんの様子は何時ものように見えるが、やはり何処かしらおかしい。何
処がと問われればなんとも返事の仕様が無いのだが…、誰もがその思いを胸の奥で反芻し
ていた。それは会って数日のフィミにおいても例外ではなかった。
　その思いを知ってか知らずか、よはんは自分が先頭を行くといって、来た道を戻らず、
奥の方へとずんずんと歩いていった。
「よはん。さっきのところまだ見てないところあるけどいいの？」
「いいいんだ」
　素っ気無く返事を返して前だけを見つめて、よはんは憑かれたように奥へ奥へと歩いて
いく。
　その様子を眺めながら、祐太郎が梨来もとまでやってきて横に並ぶと、顔を近づけて耳
打ちをした。
「よはんどうかしたのか？なんか様子変だけどさ」
「さぁ。俺には何とも…」
　お互いに目線を交し合って、肩を竦めた。その時後ろで、悲鳴に近い声があがった。
「エーシャ姉さん！？」
　後ろを振り返ると、フィミが蒼白な顔をして立っていた。
「フィミちゃんどうしたの？エーシャがどうしたって…」
ＴＡＭＡが優しく問い掛けると、フィミは半べそをかきながらも早口で説明をはじめた。
「ついさっきまで一緒に話してて…急に黙り込んじゃったから変だなと思って…」
　信じられないといった顔で、それでも何とか説明しようと口を開こうとしたところに、
祐太郎が口を挟んだ。
「振り向いたら居なかったと？そりゃびっくりもするよな。隠れる場所なんてないんだか
らさ」
「だからってそんなに心配しなくてもいいんじゃないか？」
　ＴＡＭＡの発言にフィミは猛然と反発した。
「…振り返る直前まで喋ってたんですよ！！」
　今まで歩いてきた通路に扉は無かった。通路は直線で先程の分岐点まで戻らなければ姿
を隠す事はできない。その分岐点にしてもかなりの距離がある。確かに不自然といえば不
自然である。
　とはいえ祐太郎という前例もあり、すぐに来た道を戻る事にした。少なくとも祐太郎の
時とは違い酸素と無重力等の心配がない。それにこの時は直ぐに見つかると誰もが思って
いた。
　
「そういえば今日はよはんもだが、シールも静かだな。どうかしたのか？」
　祐太郎がそう言い、雪蔵が小首を傾げて「どうでしょう？」と身振りだけで返事をした。
「…でもあまりに静かだと居るかどうか心配になりますよね。振り返って居なかったりな
んてことも…シールさん！！」
　冗談めかしてシールが居る筈の右後ろ上方を窺うとその姿がない。おや？と思いながら
左に視線を移すがやはり見当たらない。もう一度右を見て居ないのを確認し、くるぅりと
一周見回すと、皆に背を向ける形で逆走しながら飛んでいくシールの背中を発見した。
　驚いたのは言うまでも無い。叫ぶのと同時に雪蔵は駆け出していた。
「あっ！！おい！？ちょっと待て！」
　後ろから追いかけてくる声を振り切り、シールの後ろ姿を追う。シールはそれほどスピ
ードを出していなかったので、すぐに追いすがる事ができたが後一歩のところでシールの
しっぽを掴む筈の右手は虚しく空を切った。
　急に方向転換したシールが右にあった通路へと入り込んだからである。バランスを崩し
ながらも何とか体制を立て直し、後に続く。後ろから誰か掛けてくる足音を聞きながら、
何故だか振り返る気にならず、そのままシールの後を追っていった。
　それから程なくして、左右に揺れるシールのしっぽを捕獲する事に成功した。日頃の運
動不足のせいか、息を切らしながら必死の思いで掴んだしっぽを力任せに引き寄せると「ふ
ぎゃぁぁぁ」というなんとも形容しがたい声があがった。
「なっ…何するんですか！！芙蓉さん。ち…力が抜けるぅ…」
　情けなくもシールはふにゃふにゃと床に崩れ落ちた。
「…黙って…何処行くつもりだったんですか…。魚の匂い…でもしたんですか？」
　一度上がった呼吸はそうそう簡単には戻ってくれるものではないらしい。息を継ぎなが
らも雪蔵は、なんとかそれだけは言い終えた。
「にゃ…にゃに言ってるんですか。私は皆さんの跡をついて行ってただけじゃないです
か」
　それなのに芙蓉さんてばひどい、もごもごと反論しながら雪蔵の手から奪い返したしっ
ぽを愛おし気に舐めていたが、ふと顔を挙げ真面目な顔をして言った。
「みなさん、どうしたんですか？前を歩いて…あれ？あにゃ？うにゃ〜？」
　宙に浮きながら器用に頭を抱えて、意味不明な声をあげて唸っている。雪蔵が脱力した
のはいうまでもない。崩れ落ちそうになる足を叱咤して、雪蔵はシールに尋ねた。
「本当に覚えてないんですか？一人で勝手にこちらへ飛んできた事も？あなたのご主人の
エーシャさんが居なくなった事も？」
「マ…マスターがどうかしたんですか？」
　シールの髭がピンと立つのが分かった。その様子を剣呑な光の宿る両目で無言のまま見
つめていると、それがしおしおと張りを失っていった。
　黙ったまま焦点はシールの髭に固定され、今度猫の心理と髭の関係について研究してみ
よう。よはんさんに協力してもらって、犬と猫の比較もいいかもしれないと埒も無い事を
考えていた。沈黙がよほど悪い想像を掻き立てたのだろう、シールはあにゃにゃ、うにゃ
にゃと口の中で呟いていた。
「芙蓉さぁん…」
「エーシャさんが消えたんですよ。祐太郎さんが消えたのは知ってますよね？」
　不安になって聞いてみたが、それはなんとか覚えていたらしい。ほっとするのと同時に
そういえば誰か後を追ってきていたような気がしたが、気のせいだったのだろうか。振り
返っても誰も居ない。居たとしてもとうに追いついていていい筈である。気のせいだろう
か、腑に落ちないものがあったが今それを詮索しても仕方の無い事と割り切って、話をも
とに戻した。
「それでエーシャさんを探しに行こうとしたところを、シールさんが逆走始めたんで追っ
てきたんです」
　わかってもらえました？そういってシールのしっぽをむんずと掴むと、問答無用で引っ
張って歩き出した。後にはシールの情けない叫びが通路に木霊していた。

　雪蔵とシールは直ぐによはん率いる一行と合流する事ができた。分岐点の辺りを中心に
エーシャの捜索をしていたが手がかりは無く、奥まで探しに行くには雪蔵達を置いていく
わけにもいかなかったために、二人を―――一人と一匹を―――探しに来たのだ。
「梨来さんはどうしたんですか？」
「梨来の奴はどうした？」
　雪蔵と祐太郎の声が見事に重なった。お互いにたっぷりと見詰め合ってから祐太郎が先
に口を開いた。
「お前達の後を追ってったんだけどな」
　祐太郎が言うには、雪蔵の後を追おうとした祐太郎とＴＡＭＡを抑え、自分が行くと言
って追っていったという。二人と一匹が確かに曲がってその姿を消すまで見届けてから、
エーシャを探しに言ったのだというのである。
「…でも梨来さんは来ませんでしたよ。走ってる時に誰かが後を追ってきてる気はしたん
ですけど…それだけです」
「あの馬鹿が！心配して追っていった奴が迷子になってどうする！副司令官という立場を
どう考えてるんだ」
　よはんが舌打ちをする。その後ろではフィミが泣きそうな顔で事の成り行きを見守って
いた。
「さぁてどうしたもんか…うむ…」
　うぅむ、むむむ…と悩んでいるよはんにフィミが涙声で言う。
「エーシャ姉さんは…梨来さんは大丈夫ですよね」
「たぶんな」
　縋りつくようにして言った言葉は、冷たいと言えるほどにあっさりと返された。フィミ
は旅行中に見た過剰とも言える自信で「大丈夫だ」と言って欲しかったのであろう。いく
ら目で訴えてもそれ以上の返事は返ってこなかった。
　そのフィミの背中を優しく宥めるようにして叩いたものが居る。ＴＡＭＡだ。
「大丈夫だ。ああ見えてもエーシャは強い。昆虫特に節足類と長い物、蛇とか以外なら幽
霊だろうと気に入らなければ、突っかかってるだろうよ」
　それで安心できるほど子供ではないし、納得できるほど大人でもなかったがＴＡＭＡの
心使いだけは素直に受け取る事ができた。それでも声に出して返事はできず、ただ首を立
てに一度だけ振った。
「じゃ、そういうことでって、何がそういうことかわかんねぇけど。梨来を探して、駄目
だったらエーシャを探しに行こうぜ」
　祐太郎が待ち構えていたように言った。事実待ち構えていたのだが、更にそれを待ち構
えていたかのようによはんが言った。
「おまえが仕切るな！！司令官はよはんだ！！」
　鼻息も荒く言ったよはんを祐太郎は鼻で笑って嫌味ったらしく敬礼をした。
「これは失礼しました、司令官殿。ではこれよりいかがなさるご所存か」
「うむ。お前の案を採用しよう」
　けっ、やってられないね、そう言って祐太郎はさっさと歩き始めた。
「おら、雪蔵行くぞ。お前らどの辺まで行ったんだ？」
　祐太郎は雪蔵の肩を抱くようにして急きたてた。雪蔵とＴＡＭＡとフィミ、正気を取り
戻したシールといつになく真剣な様子のよはんが遅れぬようにその後ろについて行った。