「あっ梨来、どうしたんですか？？」
　突然開いた扉に治療を続けるクルルが顔だけをこちらに向けて話し掛ける。
「珠梨の状態が気になってっていうところかな」
「ちょうど治療が済んだところですよ。一命は取り留めてますから後は彼の体力が回復す
るのを待つだけですよ」
「・・・・そうか」
「彼ならベッドですよ。あまり長い時間は駄目ですが話は出来ますよ」
　梨来が何故ここに来たのかをまるで知っているかのように珠梨の寝ているベッドを指差
した。
「僕は上にいますから何かあったら呼んで下さい」
「ありがとう。Ｄｒ．」
　「構いませんよ」と何の為に付いているのかわからない階段をふわふわと上がっていっ
た。
　クルルを見送った梨来はカーテンで区切られたベッドを覗く。そこには小さな寝息をた
てて眠る珠梨の姿。ベッドの横に椅子を置いて座ると、珠梨の痛々しい姿にさっきの考え
がさらに狂っていくのをを感じた。
「ううう・・・・」
　小さく響いた梨来の溜め息と同時に珠梨が小さく身じろぎ、目を開けた。
「・・・・。・・・・ふぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。にゃにゃにゃごめんなさい〜梨来打
たないでぇぇぇぇ」
　目を覚ました途端意味不明な奇声をあげたかと思うと、まだ傷付いた身体のことも忘れ、
ベッドの反対側へと隠れるように逃げた。
　それもそのはず、以前、怒られた時の記憶が相当強いようで、梨来と面と向かうと条件
反射のように頭を隠し、小さくなってしまうのである。
「おいっ俺の顔は怒ってるかよ。ましてや怪我人に対して」
　そんな行動に梨来は呆れた顔をする。だが、珠梨はいっこうにベッドに戻ろうとしない。
このままでは埒が明かないと珠梨が座り込んでいるベッドの反対側へと梨来は近付いて来
た。
「ちっっちっっ近付くなぁぁぁ」
「は〜っ。お前なぁ怪我してるの自覚して言ってるのか？その状態でいつまでもそこに居
たら俺がＤｒ．に怒られるだろ？」
「りっ・・・梨来叩くもん」
　大きめの耳もすっかり垂れ下がり、本当に情けない表情で梨来に訴えかける珠梨の姿に
さっきまでの強がりはどこに行ったんだと大きく溜め息を吐くと、珠梨の身体を抱きかか
え、ベッドに横たえた。
「珠梨、俺はお前に対して怒ったりしてねーよ。むしろ早く俺たちが気付いてやれればよ
かったんだよな。そしたらこんなことにはならなかった」
「・・・・梨来」
「でもまぁ色んなことに対する説教は元気になってからだ。だから早く身体を治せ」
「やっぱり怒ってるんじゃん」
　珠梨はシーツを上にあげてベッドに潜り込む。完全に弱っている。そんなこともお構い
なしに梨来は一番聞きたかったことに話を進めた。
「そんなことより、一つ聞きたいことがあるんだ。今俺たちが追っている高額な貨物を積
んだ輸送船が海賊に襲われる事件についてなんだが、あれ、お前たちの仕業か？」
「高額な貨物を積んだ輸送船が海賊に襲われる事件？」
「そうだ。きっとお前たちもネットワークがあるから知っている筈なんだが、ここ最近、
高額な貨物を積んだ輸送船が頻繁に海賊船に襲われている。被害件数は一ヶ月で３０件近
く。それでだ、今までのデータから高額な貨物を狙う海賊をあらったところ珠梨の名も挙
がっているんだ。でも３０件もお前たちがやるとは考え付かない。もし何か知っていたら
教えて欲しい」
「一ヶ月に３０件ね。また凄い数だな」
「何か知らないか？？」
「俺たちは最近あまり海賊活動をしてないからな。海賊活動をしたのはサレイスティク・
レモンド社の鉱石輸送船サントニア号くらいだな。それ以外は知らない。でも、最近変な
噂を聞いた。高額貨物を積んだ輸送船の荷物だけ消えてしまうという話を」
　あくまでも聞いた話だがなと珠梨は話を続けた。
　海賊の間で噂になっているその話は、一定の区域でのみ起こる現象だと珠梨は言う。そ
の区域とは銀河系第一惑星付近にあるシュガ・ナイ・テヌース星域。そこを通る高額輸送
船のみなのである。
「それとDark・Emperorとの関係は？」
「それはない。Dark・Emperorはそんなことしなくても資金源には困ることはないからな」
「じゃあどうして」
「それは俺たちも調査していた。俺たちの資金源が無くなるからな。でも正確な調査結果
が出たわけでもない」
「全てはシュガ・ナイ・テヌース星域にあるということだな。ありがとう、俺はメインブ
リッジに戻る。何か思い付いたらＤｒ．に頼んでくれ。早く身体を治せよ」
「んにゃ」
　後ろを向いたまま梨来は珠梨に手を振った。その姿に珠梨はほっと息を吐くともう一度
眠りに就いた。


　再びメインブリッジ。梨来はてっきり海咲の所にいるとばかり思っていたエーシャと祐
太郎はシールと海咲が二人で戻って来たことに驚きを隠せずにいた。するとその数分後梨
来が沢山の書類を抱えてメインブリッジに戻って来た。
「何やってたんだよ、梨来」
「ミサキちゃんの所じゃなかったの？？」
「誰が海咲の所に行くって言った？？」
「りく〜っっっっ」
　よはんの席に抱えて来た書類を置くと、飛びついてきた海咲を抱きかかえた。
「海咲、お利口に出来たか？」
「うんっ。シーちゃんとお部屋で色んなことして遊んだんだよ♪」
「よかったなぁ。シールありがとな」
「いえいえ」
「で、梨来は何処に行ってたんだよ」
「ん？珠梨の所だ。それとマテリアルルームに資料を取りにな」
「何かわかったのか？」
「確信は持てないが、珠梨の言うことだ、間違いはないと思う」
「それでなんですか？？わかったことって」
　『ちょっと集まってくれ』と梨来の回りに集まらせる。そして持ち出してきた資料と、
クリアスクリーンに写し出した銀河系地図を見せ、説明をはじめた。
「高額な貨物を積んだ輸送船が中身だけ消えると言う現象は一定の区域でのみ起こる現象
だと珠梨は言うんだ。その区域とは銀河系第一惑星付近にあるシュガ・ナイ・テヌース星
域。今俺たちがいるのは第一八惑星付近だ。ここから三日程北に進んで行けば目的地には
着ける」
「シュガ・ナイ・テヌース星域といえば科学結社の海賊団サイコ・クライジェントのアジ
トがあるところじゃないですか？」
　梨来がいない間、自分なりの検索をしていた雪蔵は、先程見つけた海賊団のアジトであ
ることにすぐ気が付いたのである。
「雪の言う通りだ。シュガ・ナイ・テヌース星域は、サイコ・クライジェントのアジトが
ある。奴らの正確なアジトの場所はわからないが、最近資金源に困っているらしく、奴ら
が科学を駆使して大量な資金源を手に入れることも安易なことだ」
「もし珠梨の言うことが違ったらどうするんだよ。梨来」
「俺が責任を取るよ」
「まぁこのまま足踏みをしていたってしょうがないわよ。少しは前に進めそうじゃない。
とりあえずシュガ・ナイ・テヌース星域まで行きましょ」
「何も考えず行動する。それがSpeaDだからな」
「そうよ」
「目指すはシュガ・ナイ・テヌース星域！」
　そしてＡｒｋはシュガ・ナイ・テヌース星域に向かって進路を北へと向け、大きく前進
した。
　Ａｒｋが北に向かって進む間に、珠梨の体力は完全に近い程戻っていた。しかし、一度
切断された右手がなかなか回復せず、クルルによる調整は続いていた。
「あいつはどういう体力の持ち主だ？？」
「食うだけ食うからな。珠梨の場合」
　メディカルルームからの外出を許可された珠梨は、メインブリッジに来ては小さな乗務
員海咲とわいわいと遊んでいる。子守りというよりは同類の友達という風にしか見えない。
「ミサキちゃんも懐いてるし、大丈夫でしょ。いい遊び相手じゃない」
　珠梨の右手はまだ動かないので体力を使った遊びは出来ないが、歌を歌ったり、海咲の
描いた絵を見て喜んだり、絵本を読んだりと梨来の仕事をとってしまっている。その姿に
最初は笑顔で見守っていたが、段々不機嫌の虫が梨来の中で膨れてきていた。
「梨来さん、ちょっとストレス溜ってません？？」
「あっいや・・・・・。そんなことは・・・・・ない」
「海咲ちゃん珠梨さんに取られちゃいましたもんね」
「・・・・仕方がない。あいつも暇だからな」
　仕方がないといいながらも梨来の顔は引き攣っている。その顔を横から見ていた雪蔵は
梨来さんも我慢してますねと苦笑いをするしかなかった。
　ちょうどＡｒｋが目的地を見つけるであろう３日目。Ａｒｋの中でとんでもない事件が
起こったのである。
「おはよう」
「おはようございます。・・・・・・？？ボクさっき梨来さんに朝の挨拶したはずなので
すが」
「えっ？？」
「さっき廊下で会いませんでした？」
「いや。俺は雪に会ったのは今が初めてだが？？」
「フヨウ、寝ぼけてるんじゃないの？？」
　メインブリッジにやって来た雪蔵に向かってエーシャは鋭く突っ込んだ。しかし、雪蔵
も自分の見たという事実を曲げるでもなく少々反抗の色を見せている。
「雪がいうことは間違いないかもしれん。でも俺は雪に会ってない」
「じゃあ一体誰だったんでしょう？『雪、おはよう』って言われたんですけどね」
「口調は確かに梨来のもんだな」
「あっ祐。遅かったじゃないか」
「実はな。オレも梨来に会ったんだ。たった今」
「「「「えっっっっっ？！」」」」
「海咲のとこに行ってくるからミーティングに少し遅れるってな」
「？？？？？俺がか？」
「あぁ。あれは確か梨来だった」
　誰もが梨来が二人いると思わずにはいられない状態。とにかく確認しなくては何も進ま
ないと海咲のいる梨来の部屋へと向かおうとした瞬間、メインブリッジにその話題の中心
人物がよはんと海咲の二人と一緒に入って来た。
「祐、さっきはすまなかった。みんなに言付けてくれたか？ん？？どうした？みんなして」
「梨来、お前、さっきオレに会った梨来だよな？？」
「あぁ。そうだ。それがどうした？？？」
「ここにも梨来さんいるんですよ」
「「はっ？？」」
　部屋に入って来て、突然何を言われるのか全く見当が付かなかった梨来とよはんは同時
に素頓狂な声をあげた。
「あっりくぅ」
　梨来の手を握っていた海咲が、所定の位置にいる梨来を指差してこのおかしな現状に海
咲も少しは気付いたようである。
「「何で俺がいるんだ？」」
　二人の梨来がそれぞれを指差し、ようやくこの現状を理解した。
「ねぇ、自分と同じ人間を見たら何か起こるんじゃなかったかしら？」
「もしかしてそれってドッペルゲンガーのことですか？？？自分と同じ人間を見ると死ん
でしまうって言う・・・・」
「梨来が死ぬのか？？」
「高野、もっと考えて発言しろよ。牧村生きてるぜ」
「そんなことはここで起こるはず無いだろ。このよはんがいるからな」
　手を腰に当て一人自慢げに笑うよはん。いいこと言ったとばかりに仰け反っている。が。
メンバーは無視を決め込んだ。
「じゃあこの状況はどうしたら・・・・」

　梨来が二人────────。
　どちらかが本者でどちらかが偽者。どう考えたって海咲といる梨来の方が本者らしく思
えて来る。しかし、メインブリッジにいる梨来も棄て難い。どうしたらいいのか？
　とりあえず、この状況を作り出せる人間と言えば、同じＡｒｋ内にいる珠梨である。
「ということは、どちらかが珠梨で、どちらかが梨来ってことなんだな？」
「そういうことだな」
「でもどうやって見分けるんですか？匂いで判断なんて出来ないでしょうし」
「そうよ、匂いよ。シリィちょっと二人を嗅いでみてよ」
「マスター。わたしがですか？？」
「頑張って！！シールさん」
　シールは渋々両方の梨来の匂いを確かめた。しかし、シールはうにゃうにゃと考え込ん
でしまった。
「・・・・どっちも同じ匂いですよ」
「おい〜っ。シール。お前喋るからって、一応猫だろ？それくらい嗅ぎ分けられないのか？」
「だって本当に同じなんですもん。そんなに嗅ぎ分けて欲しいならこの老犬にでもしても
らって下さいよ。これでも犬なんですから」
　シールが嗅ぎ分けを失敗し、攻め立てていたのが一変する。そうだ、よはんがいた。普
段は役に立たないが、こう時にこそ司令官を頼るべきだと視線がよはんに集中する。
「よはんはそんなことやらんぞ！！」
「よはん、大人気ないわよ。いざという時に役立つのはよはんだと思うわ」
「よはんさんのかっこいいところ見せて下さいよ」
　みんなに攻め立てられ、もう何も言えなくなったよはんは渋々了承し、梨来の匂いを嗅
ぎ比べた。
「・・・・・・・・・」
　しばしの沈黙。よはんの反応を待つ祐太朗たち。妙な空気が漂うメインブリッジ。
「子娘を認めたくないが同じ匂いだぞ」
　大きな溜め息がメインブリッジを包む。やっぱりよはんを頼るんじゃなかったとばかり
の空気が漂う。
「お前ら、勝手によはんに期待しておいてその態度はないだろう！！」
「じゃあどうすんだよ。本者の梨来がわからなければ仕事も出来ねーじゃんかよ」
「じゃあミサキちゃんに決めてもらいましょ♪それが一番でしょ」
「そうだな。なぁ海咲。海咲のりくはどっちだ？？」
「うーん」
　海咲の両側に立つ梨来を交互に見て小さな頭で悩む海咲。これで偽者の梨来を選んだ時、
本者の梨来はどう思うのだろうか。
「りくはこっち♪」
　海咲が指した方とはさっき海咲と入って来た方の梨来であった。確かに出た答えに全員
一致でメインブリッジにいた梨来が偽者となった。
「ちょっっっちょっと待てよ。俺が偽者って証拠何処にあるんだよ」
「海咲」
　海咲に選ばれなかった梨来は護送室に入れられることになった。
「偽梨来さん、ここで大人しくしてて下さいね」
「・・・・・・」
「食事はちゃんと運んで来ますから」
　雪蔵に連れられた梨来は仕方なくそこで大人しくすることにした。誰もこっちが本者の
梨来だとは気付くこと無く・・・・。